肌に黒線

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この間、海の近くのプールに行ってトランスジェンダー問題を熟読するという日があって、大変良かったのですが、その日に友達が撮ってくれた「水着でプールサイドにいる写真」をインスタのストーリーにアップしました。特段反応もなく穏やかに消えていったのですが、自分にはちょっと革命で。

僕は人に肌を見せるということがあまり得意じゃなかったんです。それは学校のプールの時間とかもそうだったけど、役者になった後は、どこまでがプライベートな肌で、どこからがパブリックな肌なんだろう。と考えることもあって。自分の身体への自信のほかに、もしかしたら「裸=ポルノ」という価値観に対する違和感があったのかもしれない。セクシーな裸やポルノな肌があって全然いいんだけど、あまりに裸というものがセンセーショナル過ぎると齟齬があるなと。

でもディミトリス・パパイオアヌーが示す裸とか、舞台『3×3−(1)ポリグラフ 嘘発見器』とか、Sex Educationの表現とか


性的ではあったりするけど、興奮を煽るような提示ではなかったりして、徐々に自分の中で折り合いがついてきた。

んですが。

決意はできた割に、あんまり俳優としても肌を露出するような機会ってなくて。いやなくてもいいんだけどさ。だからあの投稿は、自分の今の思考と、パブリック感とのギャップを埋めるため、自分の折り合いのために投稿したんです。上半身だとしても突然僕の肌色がワッて出てきたら嫌な気持になっちゃう人とかいたら…という悩みに結論は出なかったのですが、僕のSNSだし…

とはいえコミュニティガイドラインはきちんと守りたいと思って規約を改めて読んでいたんですが

芸術的・創造的なヌード画像をシェアしたい場合があることも理解していますが、Instagramではさまざまな理由からヌード画像を許可していません。これには、性行為や性器、衣服を着けていない臀部のアップの写真、動画、デジタル処理で作成されたコンテンツなどが含まれます。女性の乳首の写真も対象となりますが、授乳、出産時や出産後、医療関連の状況(乳房切除手術後、乳がんの認知喚起、性別適合手術など)、または抗議活動に関する写真は許可されます。ヌードの絵画や彫刻の写真も許可されています。

Instagramコミュニティガイドライン

と書いてあって。なんでそこに男女の性差が?!てか、それをどうやって判断するの?(アップにすれば誰の乳首か分からないでしょうという抗議活動をしているアカウントもある:@genderless_nipples)
じゃあ、ここで上半身の写真を上げるということは「男性に見える」という特権を乱用しているということでは…?胸に黒線でも入れる…?とかもいろいろ考えたんですが、ごめんなさい。特権を利用しました。はい。僕にとっての大事なクイアネスの表明でもあるところもあって…それを盾にしていいものでは無いとも思うんですが…

そしてこれも、やっぱり僕が抱えた問題の根幹に繋がると思うんです。
自分の身体をどう受け止められるかというのが、あまりに世間によって舵取りされていると。
僕は、僕の表現道具としての肌も、セクシーさの表現としての肌も、猫を抱くための肌も、全部自分のものにしていたいし、自分が決定したいよ。公開したものの受け取り方はある程度委ねるけど、肌の上にも肌の下にも精神が宿っていることを忘れないでほしい。特に大切な人たちには。